2015年8月

真贋 吉本隆明
文学賞メッタ斬り! 大森望 豊崎由美
日本近代文学の起源 柄谷行人
火花 又吉直樹
人生をいじくり回してはいけない 水木しげる
水木サンの幸福論 水木しげる
後宮小説 酒見賢一
われら動物みな兄弟 畑正憲
最後の吐息 星野智幸
俺俺 星野智幸
好き好き大好き超愛してる。 舞城王太郎
日蝕 平野啓一郎
天守物語 泉鏡花
高野聖 泉鏡花
顰蹙文学カフェ 高橋源一郎 山田詠美 
現代の文学26 石原慎太郎 
私の好きな日本人 石原慎太郎 


2015年7月
サッカー日本代表を鍛えた監督力 児玉光雄
鈴木成一 想定を語る。
鈴木成一デザイン室
沖縄 本土メディアが伝えない真実 古木杜恵 
私たちの愛 田原総一郎 田原節子
逮捕されるまで空白の2年7カ月の記録 市橋達也


2015年1月
映画篇/金城一紀
歎異抄/金子大栄 校注
武士道とキリスト教/笹森建美
東京の空の下オムレツのにおいは流れる/石井好子
車輪の下/ヘルマン・ヘッセ


2014年9月
日々の泡/ボリス・ヴィアン
ノルウェイの森(上)/村上春樹
罪と罰/ドストエフスキー
失楽園/ジョン・ミルトン
仮面の告白/三島由紀夫
遠野物語/柳田国男
卍/谷崎潤一郎
禅/鈴木大拙
眼球譚/ジョルジュ・バタイユ
カラマーゾフの兄弟/ドストエフスキー
堕落論/坂口安吾
注文の多い料理店/宮沢賢治
ツァラトゥストラ(上)/ニーチェ
不道徳教育講座/三島由紀夫
キャッチャーインザライ/サリンジャー
ロミオとジュリエット/シェイクスピア
犯罪小説集/谷崎潤一郎
善悪の彼岸/ニーチェ
孤独な散歩者の夢想/ルソー
金閣寺/三島由紀夫
はつ恋/ツルゲーネフ
マダム・エドワルダ/目玉の話/バタイユ
獣の戯れ/三島由紀夫
狭き門/ジッド
王道/マルロー
雨の朝パリに死す/フィツジェラルド
葉隠入門/三島由紀夫
女生徒/太宰治
回転木馬のデッド・ヒート/村上春樹
ありふれた手法/星新一
1984年/ジョージ・オーウェル
新約聖書
書を捨てよ、町へ出よう/寺山修司
マイク・ハマーへ伝言/矢作俊彦
永遠平和のために/カント
ファウスト/ゲーテ
ソクラテスの弁明 クリトン/プラトン
クヌルプ/ヘルマン・ヘッセ
留魂録/吉田松陰
龍言飛語/村上龍
コクトー詩集
ナジャ/アンドレ・ブルトン
盗賊社会/星新一
壁/安部公房
夕顔/白洲正子



2014年8月
フリーク・ショウ/山田詠美
すべての男は消耗品である/村上龍


2013.10月、11月
罪と罰/ドストエフスキー
葉隠入門/三島由紀夫
悪徳の栄え/マルキ・ド・サド



2013.12月

夜の果てへの旅/セリーヌ
北回帰線/ヘンリー・ミラー
モモ/ミヒャエル・エンデ
日々の泡/ボリス・ヴィアン
存在の耐えられない軽さ/ミラン・クンデラ
コインロッカー・ベイビーズ/村上龍
嘔吐/サルトル
カラマーゾフの兄弟1/ドストエフスキー




本棚紹介(鑑賞映画も含む)





⚫︎村上春樹と村上龍

村上春樹は女で村上龍を男だというような意見は浅はかである。
どう見ても春樹が男で龍が女である。

太宰治と三島由紀夫
太宰治は女で三島由紀夫を男だというような意見は浅はかである。
どう見ても太宰が男で三島が女である。




⚫︎悲しみよ、こんにちは/フランソワーズ・サガン

2011年12月12日13:28
サガンの書き方というものもあるが、僕はアンヌを毛嫌いしていた。その気高さや規律性、美しさ、傲慢さを嫌っていた。私の大嫌いな偏見と差別に満ち溢れた見方をしていた。結果的にはアンヌが死んでからわかることなのだが。
その前に一つだけその美しさが私の偏見や差別に打ち勝った瞬間があった。
それが119頁だ。私が推測するにサガンはあの1頁が書きたいが為に小説を書いた。私もtrès bienとそこに書かざるを得なかった。
何よりもアンヌのその美しさに隠れる悲しみを察することができなかったことに涙した。苦しかった。
子供時代の記憶のあるアンヌ、子供時代の記憶しかないセシルとその父。その差はとても大きい。子供時代の記憶のある大人の女を私たちはないがしろにした。あの頃を通ってきたのだ、あの完璧なアンヌも。 
アンヌの美しさは恐らく努力で勝ち得たものだ。規律の人だ。美しさの裏に潜む悲しみを私たちが感じ取れなければその美しさに触れる権利などあるはずもない。

119頁
「アンヌの両手が、わたしの顔を上向ける。わたしは視線を合わせるのが怖くて、きつくまぶたを閉じる。そこから涙があふれ出すのを、わたしは感じていた。衰弱の涙、不手際の涙、快楽の涙。するとアンヌは、あらゆる質問をあきらめたかのように、なにも知ろうとしない静かな動作で両手をおろし、わたしをはなしたのである。そうしてタバコに火をつけ、わたしにくわえさせると、ふたたび読書に没頭しはじめた。」


⚫︎太宰治/斜陽  2012年02月20日21:54

恐ろしい。恐ろしい。 
斜陽ですか、一日の始まりと終わり、四季それぞれの始まりと終わり、一生の始まりと終わり。それらを一周させ、挙句、希望へ向かう作品だ。反面教師的であって同時に浸ってもしまう魔力を持つ作品。
陽について、四季の音、色、匂いについてよく書かれていた。それも日本に四季があるが故に日本人が死にゆくのであるかの如く主張されている様に感ぜられる。
狂気と固定観念的不道徳、希望と似非快楽とが混ざり合い、お互い手を掴まずすれ違う様な形で凄みとそれらの自尊心が浮き出、受け手の心に中毒的に染み渡る。 
貴族に対するアンチテーゼはいずれ奴隷や労働者に向かい、相変わらず人間は同じだという帰結に向かう。人間の人間に対する叶わない夢を復讐と言っては少々お下劣だが「復讐」という形で肯定した。読後、寒気と恐ろしさが私の中からは消えてゆかない。その恐ろしさはエリックサティの音の様な静かな狂気なのだ。単音の中に込められた一つ一つの魂がアナーキスト的に四方八方に動き回り、お上や貴族ですらそれを制御出来ない日本人の狂気、根っからの性質、乙を示した。
私が感じ取ったここでの「自由」は私に小説を書かせ、今後死なないで生き延びなくてはならない気にさせる。私はこの太宰のエネルギイをしっかりと受け止めた。魂レベルでのコミュニケイションが取れた。太宰の虚しさや悲しさ、寂しさ、その様な他人に押し付けては面倒になる感情から起こっている筈なのに、作品と見事にそれらが調和され、しまいには消し去られ、残されたものがそれとは正反対の死から遠ざかろうとするタナトス的勇気、そしてプライドを持って生きることをメッセージとして伝える。 

太宰が女々しく女性らしい感情の持ち主だと若干の揶揄も込めて以前表していたが、私は気付いた。太宰は根っからの男であり、縛りに対する自由を太宰なりにであるが(私にはこれこそがと思う)力強く描く。ヒーロイズムでもある。太宰はアナーキストであると同時にシステムや血や国家に縛られて生きる強者である。太宰が死んだのは恐らく自殺なんかではなく、念を押す、恐らくだが寿命だ。太宰は女の所謂男らしい生き方を見せながら、貴族のその美しさ故、やり場のない、血は争えない、宿命的でもあるその性質に挑む。それは死んでもなお続く戦。 

太宰に比べると村上春樹の作品はPOPでしかなく、とても表面的に感じられる。太宰の作品には骨の髄に残る中毒性がある。太宰のある種個人の尊厳を保とうとする考えは世の人間を救いもし殺しもするだろう。 

わたしは芸術というものは芸術だけの中にぬくぬくとしていては衰えて死んでしまう、と考えるものであり、この点でわたしは、世間のいうような芸術至上主義者ではない。芸術はつねに芸術外のものにおびやかされ鼓舞されていなければ、たちまち枯渇してしまうのだ。          三島由紀夫/「葉隠入門」